Home > 雑記 > クリエイティブクラスとかいうのを甘えに使わないように

クリエイティブクラスとかいうのを甘えに使わないように

  • 2007-04-23 (月) 22:22
  • 雑記

昨日は、全日本空手道連盟の公認段位を受審してきた。(ちなみに東京都です)
で、長い待ち時間を利用してこの本を読んでみた。

クリエイティブ・クラスの世紀
リチャード・フロリダ 井口 典夫
ダイヤモンド社 (2007/04/06)
売り上げランキング: 446

流し読みしただけだが、気づいたところを書いてみる。

クリエイティブクラスとはドラッカーの言うところの知識労働者とほぼ同じことを言っていると思うけど、すべての人がクリエイティブを持っているというところと、寛容性が大事だというところが本質的にちょっと新しいところなのかな。
まー、言い古されている話をうまく言い直しただけな気がするけど・・・。

寛容性が大事だというのはうなづける。

Googleなんかは保守・運用やサポートなどでもクリエイティブな人がいるからあれほど発展しているのだろう。
そして、その泥臭い部分にもクリエイティブな人たちが集まってくるのは、Googleの寛容さ(=新しいもの、新しい考え方を認めるということ)だといわれると納得する。

振り返って自分の身の回りを見てみる。

運用などの一般的に不人気の仕事をしている人たちが、自らクリエイティブであろうとしているだろうか。
いわれたものを作るだけだったり、決められた運用業務を淡々とこなすだけだったりという人たちはたくさんいるが、その中でクリエイティブを発揮しようとしている人たちが何人いるだろうか。

与えられたやり方で与えられたことをやるのが仕事だと思っている人がかなり多いと思う。
自分は本当はクリエイティブなことができるのに、現状が悪いんだと心の中で思いながら。

しかもひどいことは、一般的にクリエイティブと思われている企画などの業務に近い人たちでも、楽しようとするばかりで自らクリエイティブを発揮しようとするよりも先に、できない理由を探して現状のルーチン業務をこなそうとする人が多い。
そしてその人たちも、自分は本当はクリエイティブなことができるのに、現状が悪いんだと心の中で思っていたりする。

そこで気になるのは、すべての人がクリエイティブになりたいと思っているという前提だ。
普通にインタビューすれば、そりゃーみんなクリエイティブになりたいというだろう。
でも本心からそう思ってる?

実際にはクリエイティブであるためにはかなりのパワーがかかり、それに耐えられない人が多いはず。
パワーがかかるのは寛容性が足りないからかもしれないが、寛容性があると今度はかなりの人がそれに甘え始めてしまう。

新卒の学生が就職するときに、企画とか事業開発をやりたいと思う人が半分以上いるが、新しい課題に取り組みたいと思うのはごくわずかだというのが現実だ。
そういった学生の一部は夢見就職して、自分のやりたいことができない、こんなはずじゃなかったといって3年で会社を辞めてしまう。

格好つけてクリエイティブといいながら、実際の行動には結びつかないことが多いというのが本当のところだろう。
クリエイティブ=泥臭いことはやらないと思っている人までいそうだ。

寛容性を持つ社会になれば今よりはクリエイティブな人が増えるかもしれないが、それ以上に環境に甘えてなあなあになる人がもっともっと多くなると感じる。

本当はクリエイティブを発揮してほしいのに、細かな指示でその通りにしか動けないor動きたくない人に、お前もクリエイティブクラスにならなければならないと指導するのはどうしたらいいのだろう。

クリエイティブを発揮できるまでハードマネジメントをしながら駄目だしし続けるというのがひとつの手段だと思う。
「お前はなんでそれをやるのか?」
「なぜ考えて行動しないのか?」
「考えが浅いor甘いのはなぜなのか?」
「お前の価値はなんなのか?」
「お前は何のプロフェッショナルなのか?」

クリエイティブが存在できるための寛容性は持ちつつ、甘えてできない理由を探している人はきっちりマネジメントできる用にしなきゃいけないんだろうな。クリエイティブな人を認識して見合った給与を与えるというところまで含めて。
それにはマネージャーやリーダー自身が自分自身にも厳しくできる力が必要なんだと思う。

こういった本を読むたびに実際の現場での話と遠いなーと思わざるを得ない。
以下ではこんな話もされていた。時間の無駄だといわれたが、待ち時間の無駄な時間に読んだからまだ良しとしよう。
池田信夫 blog クリエイティブ・クラスの世紀

左の画像には、リンクを張ってない。こんな本を読むのは、金と時間の無駄だからだ。

クリエイティブな人材を増やしたいというなら、空中戦ではなく現場を見据えた話をしてほしい。上記の池田信夫blogのほうがよっぽど納得感がある。

そして自戒の念もこめて、現場はクリエイティブでありたいというのを甘えの言葉に使わないように。

あ、そういえば公認段位を受審した感想は、やっぱり稽古不足。
形もちょっとぶれてるし、組手も力みすぎだし。
今回は弐段だったけど、これから先に進もうと思うともう少し自分の稽古をしないとなー。

Comments:2

訪問者 07-04-26 (木) 9:56

社会経済的・地理的な寛容性の重要な点は、例えば東京にヤル気のあるクリエイティブな外国人・移民が集まり、甘っちょろい日本の若者に刺激を与えてくれるという点でしょう。フロリダの書は、都市経済学的な角度から見ているところが、新しいように思います。

nmasatomo 07-04-26 (木) 12:39

なるほど。頭の中が整理されてきました。
訪問者のかたありがとうございます。

都市経済学と言われると、自分の脳味噌の範疇をちょっと超えているのでもう一度身の回りを見てみると、寛容性というのが外部からやってくる人には向けられず、内部の人に寛容になってしまっているんだな。

だから甘っちょろいことを良いながら馴れ合う環境ができてしまうのだろう。
本当の意味で寛容性、というか単純に外部からやってくる知見への寛容性が高まれば、自然とクリエイティブな方向に競争が高まっていく気がしてきた。

うーん、鎖国的な考えを持った日本企業の一番の課題がこれかもな。

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://blog.joyfullife.jp/archives/2007/04/23222244.php/trackback
Listed below are links to weblogs that reference
クリエイティブクラスとかいうのを甘えに使わないように from 30からのBlog

Home > 雑記 > クリエイティブクラスとかいうのを甘えに使わないように

Search
Feeds
Meta

Return to page top